私は天使なんかじゃない







Stand Up






  必要なのは意味ではない。
  必要なのは自分の感情への折り合い。

  必ずしも意味など必要ではないのだ。





  燃える。
  燃えていく聖なる光修道院。
  勝手に燃えればいい?
  まあ、そうだな。
  燃えてしまえばいい。
  ……。
  ……俺たちがいなければ、な。
  「アッシュどうするっ!」
  「だから俺に聞くな、判断はブッチ、お前が……とも言ってられないな。モニカ、武器はどうした?」
  「この建物の奥の部屋にあると思う」
  逃げる方法。
  扉から出ることバイバイさよなら。
  問題は扉が燃えているということ、そして壁も燃え始めているということ。
  どうやら四方八方に火を付けられたようだ。
  普通そこまでするか?
  中にまだてめぇらの大将がいるんだぞっ!
  「私はマザー・キュリー三世です聖なる光修道院にようこそお水ですかどうぞ裏手の倉庫にたくさんあるのでご自由にどうぞそして教団の忠実なる信者となってください真なるアトムの民のお姿に」
  ブツブツと、ニヤニヤと喋り続ける老女。
  俺たちを見てない。
  いや。
  顔はこっち向いてるけど視線がおかしい。
  「思い切りがいいな、ボス。この頭のおかしい婆さんを捨てたらしい」
  「だな」
  焦点合ってないだろ、この婆さん。
  だからか?
  だから燃やして見捨てるのか?
  まあ、分からなくはない。
  いらんだろ。
  だけどどういうことだろう、燃やすのは分かる、分かるけど、執着なさ過ぎだろ。容赦なく燃やすのかよ、建物ごと。
  「ボス、どう思う?」
  「何がよ?」
  「このバーベキューのことだよ。想定してたんじゃないのか、こうやって火炙りにしろってよ。だけど俺ら殺す為に建物ごとってのも贅沢なことだ」
  「……あー、確かに」
  思い切りが良過ぎる。
  侵入者に全てばれたからと言ってここまでするのはいささかおかしい。
  「兄貴、どうしますっ!」
  「とりあえず奥に行った方がいいんじゃないか。なあ?」
  仲間に促す。
  一様に頷いた。
  扉を突破するのは……リスクが高い。燃えてるし、突破できても外に待ち構えている信者どもに補足されてお終いだろう。開けたところでなら負けないだろうが扉から出る際には避けようがない。
  モニカさんの武器も奥にあるようだしな。
  「だけどブッチ君、ここ奥行そんなにないわよ。今だったら正面突破できるかも。まあ、何人かはやられそうだけど」
  「そいつは困る」
  「でも奥に行ったところで……」

  「アトムの為にっ!」

  奥からわらわらと信者が出てくる。
  数は5人。
  数は多くはない、だけど手にしているのは全て銃。5人分の銃があればこちらの損害も出る。
  もっとも……。
  「状況終了」
  ベンジーが容赦ないってことだ。
  淡々と引き金引いて敵を全滅させた。
  心強い限りだぜ。
  「ボス、俺が先行する」
  「頼んだぜ」
  「了解」
  特に異論はない。
  ベンジーはアサルトライフルを手に奥に進み、俺たちもそれに続く。それなりの長さの廊下がある。モニカさんは連中が手にしていたサブマシンガンを拾っていた。
  「モニカ、お前はバックアップ頼む」
  「分かったわアッシュ」
  1人、遅れてその場に留まるモニカさん。
  タフだけど殴るけるの拷問はされたようだからな、体力的にバックアップの方が確かに良さそうだ。さすがに燃えてる扉を蹴破って信者は突撃してこないだろうし。
  婆さん?
  放置だ。
  ありゃ完全にいかれちまってるからな、まともな答えは期待できないしお荷物だ。
  いらんだろ。

  バリバリバリ。

  ……。
  ……始末する為の、後続か。
  うーん。
  いいのか、それ?
  まあ、あの燃え方だから婆さんは扉からは逃げれないだろうしわざわざ俺たちもエスコートしてやる余裕はない。結局死ぬわけだから……まあ、いいのか?
  そうしている間に俺たちは終着点に到着。
  終着点と言ってもそう大層なものではない。少しばかり長い廊下の先に、部屋が一つあった、それだけだ。
  部屋の中は集会場というよりは個室。
  個人用の部屋だ。
  マザー・キュリー三世の個室と言ったところか。
  特に目ぼしい調度品はない。
  ベッドにテーブルに椅子、最低限の生活用品、床に敷かれた絨毯。あとは本棚があるだけだ。テーブルの上は32口径ピストルと44マグナム。
  44マグナムをアッシュは改修し、遅れてやって来たモニカさんに手渡した。
  32口径はマザー・キュリー三世の物か?
  「言ったでしょ、奥行きはないって」
  窓もない。
  くそ。
  当てが外れた。
  逃げれない。

  ガン。

  アサルトライフルの銃床で壁を殴るベンジー。
  「堅いな、これは。どうするよ、ボス」
  「爆発物で壁吹き飛ばせないか?」
  「あの、兄貴、これ、おかしくないですか」
  「何がだよ?」
  「信者の人たちは奥から来ましたけどこの部屋は狭すぎます。とても収容できません。廊下に一列で待ってたんでしょうか? その、厄介ごとが起きるまでそこに?」
  「……そいつはシュールな光景だぜ」
  そうか。
  トロイの疑問は正しい。
  たぶん俺たちが襲撃した直後に来た援軍は部屋にいたのだろう、でも1人残してた、そいつが無線機か何かで仲間を呼び寄せた、ってことか?
  アッシュは静かに頷いた。
  「なかなか洞察力があるな、確かにその通りだ。こいつはどこかに抜け道があるのか。定番は……ここか」
  アッシュは本棚を蹴飛ばす。
  びくともしない。
  本を全て乱雑に床に引きずり出し、軽くなった本棚を押し切った。ただし壁には何もない。
  「……外には通じてない、か」
  壁の向こうに通じているなら外だった。
  違うようだ。
  モニカさんはくすくすと笑った。
  「顔、赤くなってるわよ、アッシュ。外して恥ずかしいの?」
  「う、うるさい」
  仲がよろしいことで。
  「ちょっと皆どいて」
  俺たちを壁の側に押し寄せてモニカさんは部屋の真ん中で飛んだ。
  着地音が妙だった。
  まるで空洞のような音。
  勝ち誇ってアッシュを見ながら笑った。
  「私の方がポイントゲットみたい」
  「ああ、そりゃすごい」
  ぶっきらぼうな言いようのアッシュに微笑しながらモニカさんは絨毯を引き剥がした。
  露出した床の木目がおかしい。
  そして何より取っ手がある。
  「ベンジー」
  「了解だ」
  俺の指示でベンジーが取っ手を掴んで引か開けた。
  当然俺たちは銃を構えて不意打ちに備える。
  備蓄用の収納庫だった、というオチではなさそうだ。少なくともその程度の深さではない。
  闇が続いている。
  深い深い闇が横たわっている。
  PIPBOYを起動する。
  索敵モードに移行。
  下には何もいないようだ、後ろには反応があるけど。
  ……。
  ……後ろ?

  「うーがー」

  妙な呻きと同時に俺は穴に突き落とされた。そう深くない。縦にはそう長くない、ただ、横にかなり長いようだ。当然ほぼ近くしか見えないが。よく見たら竪穴に粗末な取っ手が等間隔で埋め
  込まれている。なるほど、これを使って上り下りするのか、本来は。横幅は広くない、1人が限度だ。だが頭をつっかえるってほどの低さでもない。
  一本道の土肌の横穴。
  戦前の物か?
  いや。
  少なくとも戦前にここに修道院はなかった。最近の修道院で、建物だからな。
  元々あった通路を再利用する形で建物を上に建てたってわけでもなさそうだ。通路は土肌だからな、核戦争前からあったなら衝撃で埋まってるはずだ。さっき奥から来た連中がここを通ってき
  ているのであれば行き止まりってわけでもなさそうだし、どこかに通じるってわけだ。
  それが出口なのか、さらに厄介な場所かは知らんが。
  「うひゃーっ!」
  トロイも降ってくる。
  俺は慌てて避けた。それを追ってED-Eも降下してくる、ベンジーも飛び込んできた。
  上から声が降ってくる。
  「どこの誰だか知らんがこいつは俺とモニカで相手する、ブッチたちは行き付く先まで行けっ!」
  「分かったぜ」
  どうやら仲間の誰かに穴に落とされたようだ。
  しかし敵はどこから来たんだ?
  扉は燃えてたのに。
  別に入口があったのか?
  「ED-E、先行して」
  「<Beep>」
  ピカッと照明が灯る。何でもありだな、ED-Eの目の部分から光が放たれた。
  光量はかなりのものだ。
  横穴は結構長そうだ。
  闇、闇、闇。
  照らされている部分はかなり長いのに、それでもはるか先までは照らせない。
  どれだけの規模なんだ、これ。
  「ボス、俺が先行する、カバーしてくれ」
  「よっしゃ」
  竪穴の上からは銃撃音と何か鈍器なようなもので撃ちつける音が響く。
  大丈夫なのか、2人は?
  歩き始めるベンジーに俺は問いかける。
  「敵はどこから来たんだ?」
  「少し燃えてたし焦げてたから燃えてる扉から来たんだろう」
  「はあ?」
  どんな狂信者だ、そいつは。
  「髭面の奴だった。特に特徴らしい外見はなかったが……あー、レイダーっていうのか?そういう恰好をしてた。2本の手斧を振り回してたよ」
  「ふぅん」
  トロイはびくびくしながら、後ろを見たりしながら付いてくる。
  レギュレーター二人がわざわざ残って戦うんだから瞬殺できる雑魚ってわけではなさそうだ。にしてもレイダーみたいな恰好、ね。
  少なくとも聖なる光修道院っぽくはないな。
  何者だろう?
  ただ、言えるのは、カルトどもとつるんでるってことだ。
  外の信者蹴散らして突撃して来たとは考えにくい。いや、まあ、その可能性もあるだろうが、俺としては仲良しって感じの印象が強いぜ。
  奥に進む。
  奥に。





  聖なる光修道院。
  マザー・キュリー三世の私室。
  「何なんだこいつはっ!」
  「攻撃続行」
  大きく振りかぶり、そのモーションから振り下ろされる斧の一撃を回避しながらアッシュは叫ぶ。そんなアッシュをカバーする形でモニカは拾ったサブマシンガンを掃射。
  大柄の、レイダーの服を着た斧男に弾丸を叩き込む。
  連続される弾丸。
  10oと言えどもこれだけの一斉掃射をされた日にはスーパーミュータントでさえひとたまりもない。
  だが……。
  「うーがー」
  平然と動き回っている。
  まるで何もなかったかのように。
  確かに。
  確かに身体的な痕跡は何もない。
  弾丸はまるですべて体を素通りするかのように通り過ぎている。体は損傷1つない、血も流れない。
  アッシュは舌打ちした。
  「この化け物は何だっ!」
  44マグナムを受けても平然としている。モニカは弾倉が空になったサブマシンガンを捨てて44マグナムを構えた。
  レギュレーターの標準装備。
  「もしかしてこいつ瞬時に再生してるのかも」
  「能力者って奴か?」
  「かもね」
  「あー、くそっ! 反則だろ、能力者なんてっ! ……レイダー相手にしてた昔が懐かしいぜ。あの頃はシンプルでよかった」
  「愚痴愚痴言わない。攻撃続行」






  スーパーウルトラマーケット。酒場。
  ジェリコとクローバー。
  「友人から今連絡があった。シドがブッチどもを殺す為に修道院に突入したとさ。燃え盛る、修道院にな」
  「はあ? グール化するクソ水を頂戴するだけじゃないの? 何、それってそのご友人殿の差し金?」
  「いいや。俺があらかじめシドに言っといた。いけるようなら殺せとな」
  「ストレンジャーとボルトの連中がそれで納得する?」
  ジェリコは肩を竦めた。
  「言わなきゃいい。それだけだ」
  「……」
  「能力者相手にどこまでやれるか、お手並み拝見と行こうじゃないか。なあ?」
  「……」
  「何だ、何ふくれてるんだ?」
  「ミスティ打倒で組んだけどね、どうやらあんたの進むべき道は私とは違うようだ。理解しているつもりではいたけど、勘違いだったみたい。あんた、一体何を考えてる?」
  「人類繁栄さ。そう言ったら、信じるか?」
  「ふん。まあいい。ミスティ打倒で繋がっているのであれば組む価値はある」
  「そいつは結構」





  聖なる光修道院。地下に広がる横道。
  俺たちは進む。
  ED-Eに道を照らされながら、まっすぐまっすぐと。
  「東、か」
  PIPBOYで方位を調べる。
  東に進んでる。
  今のところ敵の邪魔は入らない。
  さすがに通路が脆いのが分かっているからかここでは戦闘を仕掛けてこないようだ。
  ……。
  ……ま、まあ、もしかしたら既に出口は燃えられてるかもだが。
  俺たちが到達できないように。
  アッシュたちは追いついてこない。
  大丈夫かな。
  心配だぜ。
  とはいえレギュレーター2人だからな、問題はないのだろう。だからこそわざわざ俺たちを先に行かせたわけだろうし。しかしこうも考えられる、相手の強さが普通じゃないから2人がかりともな。
  何者なんだろうな、斧男。
  進む速度はそう早くない。ED-Eの照明が闇を削っているとはいえ終点はまだまるで見えないし不意打ちもあるかもしれないからな。
  幸いなのは一本道ってところだな。
  敵が来るなら前方だけ。
  後ろから来るのはアッシュたちだけだろうし。信じてるぜ、アッシュ、モニカさん。
  「<beep>」
  火線が放たれる。
  瞬間、闇の中に何かが瞬いた。
  連続して放たれるレーザー。そのたびに光が瞬き、そして消えていく。それを数度繰り返した後、治まった。
  待ち伏せがあったのか。
  しっかしED-Eはすごいぜ。
  無敵だ。
  照明が終着点を示す。
  コンクリートの壁?
  手でベンジーが制して一人で先行、それからこちらを手招きした。
  「行こうぜ」
  「はい、兄貴」
  わずかな照明がある。
  薄明かりに照らされたそこは地下室だった。コンクリ製で、感じからして戦前からあるようだ。これは昨日今日の代物ではない。終着点と思わしき場所は元々あった場所のようだ。
  ところどころ灰があるのは炭化した敵だろう。
  ED-Eの攻撃でな。
  階段がある。
  しっかりとした代物でこれもコンクリ製だ。
  ふぅん。
  ここから聖なる光修道院を突貫工事して繋げたのか。PIPBOYを確認。地図上には建物がある。
  スプリングベール小学校だ。
  「ここが本拠地ってわけだ」
  たぶん間違いではないだろう。
  昔レイダーが何度も引っ越してきたとかでここは敬遠されている建物の一つだ。最近はいなかったようだが街の復興が忙しかったり食料等の確保とかでてんてこ舞いだったからメガトンも
  わざわざここを調査してなかったし人口増加して来たから移り住もうとかも考えてなかった。妙なカルトどもも学校の近くにいたからな。
  なるほどな。
  ここが聖なる光修道院の本体ってところか。
  となるとさっきまでいた修道院はあくまで出張所ってところか。
  階段を登って鉄扉を開……こうとする。

  ドンドンドンっ!

  向こう側から何か叩く音が響く。
  1つ2つではない。
  数は多い。
  まるで群がっているようだ。
  いやーな予感しかしない。
  俺とベンジーは数歩下がる。当然9ミリピストルを2丁引き抜いて扉に向けている。ベンジーもアサルトライフルを向けている。
  「なあ」
  ベンジーががくぶるしているトロイに声を掛ける。
  「な、何ですか?」
  「トロイの兄貴、扉開けてくれや」
  「は、はいー?」
  「適材適所ってやつだ。手数が足りないからな。俺が開けたら攻撃にすぐさま移行できない。ボスも攻撃要員だしな。手が空いてるだろ? 頼む」
  「……あ、兄貴ー?」
  「頑張れ」
  「……あ、あうー」
  さすがにこれはフォローしてやれない。という庇ってはやれない。
  適材適所、確かにそうだな。
  ベンジーの代わりに攻撃するっていうのなら話は別……いや、無理か、トロイは攻撃向きではない。
  そろーりそろーりと扉に近付き、生唾を飲む音をさせて、扉を開いた。
  その瞬間飛び込んでくるドラウグールの群れ。
  やっぱりかっ!
  「撃て撃て撃てっ!」
  「攻撃を開始する」
  「<Beep>」
  「うひゃー!」
  殺到してきた群れは次々に躯と化す。
  扉を通ってくる、だからな。敵は必然的に2人程度しか通れない。常にこちらのターンだ。硝煙が立ち込める。
  弾倉交換の隙も確かにあるがED-Eはエネルギーチャージとかの動作もなく連続して、途切れることなくレーザー放っているから問題ない。
  「状況終了」
  「だな」
  敵は沈黙した。
  「トロイ、お疲れさん」
  「ど、どうもー」
  さて。進むとするか。
  扉を通り抜けるとPIPBOYの地図通りそこは小学校の中だった。教室があったり学校備品があったりするんだ、小学校だろうよ。
  1階を探索。
  特に何もない。
  散開はしない、確かに効率は良いんだろうが敵の本拠地だからな、各個撃破は避けた。それに散開したらやばいってのはホラーの鉄則だ。
  思い出したかのように信者が襲ってきたけど圧倒的な数ではなかった。
  だとすると修道院に差し向けた戦力がほぼ大半でここにいるのは留守部隊的な感じか?
  ドラウグールは最初のでネタ切れだったらしい。
  少なくとも1階にはいなかった。
  だけどこれでようやくドラウグールの出所が分かった。小学校から出張していたようだ。その可能性を市長も誰も考えなかったのはドラウグールをフェラルだと思っていたからだろうな。
  小学校にフェラルがいたとなると近くの修道院の連中はひとたまりもない、襲われないのだから小学校にはいない、そう考えても不思議ではない。
  つまりこれはMr.クロウリーが正しいのか?
  あいつらはフェラルじゃないということになる。それか純粋に飼い慣らされているのか?
  操れる奴は操れるらしいけど信者を誰も襲わないってのも妙だ。
  まあいい。
  次は2階だ。
  階段は既に見つかっている、俺たちは登る。
  小学校から出て逃げるっていう選択肢あるんだろうけどここは一気に片付けておきたい。まだ大将が逃げていない、ならな。そいつを確かめなきゃいけない。
  謎が多過ぎる。
  グール化の水が誰にでも盗めるようだったり、ドラウグールをけし掛けたり、わざわざ俺たち殺す程度で修道院焼いたりと訳が分からない。別に自分を卑下するわけではない、確かに俺は
  伝説の男になる予定だ、とはいえ客観的に見たらまだまだ小物だ。なのに修道院ごと葬るか?
  ありえない。
  メガトンに対しての攻撃も、倉庫に山積みと言われてた水が全くないのも、意味が分からない。
  判明させなきゃだぜ。
  「兄貴、何か聞こえません?」
  「聞こえるぜ」
  スピーカーから何かが聞こえてる。2階限定で何かを流しているのだろうか。
  念仏のように喋ってる。

  「……アトムの子よ、我が声を聴け、そして従え、アトムは偉大、我々こそ偉大、そして修道院こそ導き手、お前たちは我々に従うことが約束されて……」

  「やれやれ。ブツブツうるさい。ボス、この放送を切ったほうがよくないか」
  「放送室は1階だったよな、全員で……」
  「いや。トロイの兄貴、行ってきてくれ」
  「僕ーっ!」
  「下は誰もいない。問題ない」
  「あ、兄貴ー」
  「頼んだぜ、トロイ」
  適材適所。
  さっきもそうだが人員が限られてるし敵さんも察知してる、俺たちが来たことを。逃げられたら面倒だ。それに下はクリアリング済みだ。問題ないだろう。
  「頼んだぜ」
  「は、はい」
  10oピストル腰にぶら下げてるし刀を背負ってるわけだから、まあ、大丈夫だろう。
  トロイを見送る。
  ED-Eは一瞬戸惑うようにトロイを見ていたものの、命令がないのでトロイには続かず俺たちと同行するべくついてくる。
  2階に到着。
  説法のようなものが充満している。
  声は女のものだ。スピーカーの質が悪いからかひび割れした音が混じっているがマザー・キュリー三世のもの。
  じゃあやっぱりあの婆さんが聖なる光修道院のラスボスかよ……と思うが、違うよな。ラスボスごと燃やすとかありえないだろ。
  黒幕はマザー・マヤ、かもしれないな、そう考えたらこの声はマザー・マヤっぽいかもしれない。
  無数に並んだ教室がある。
  一つを見てみる。
  「な、何だこりゃっ!」
  人がいる。
  たくさんいる。
  首に首輪を嵌められ、その首輪からは鎖が伸びてコンクリートの壁に楔で打ち込んである。そして各々の足元にはペットボトル。中身はほぼ大半が空。俺たちの姿を見たからだろう、
  住人達が騒ぎ出した。生きているのもいれは死んでいるのもいる。ただ等しく言えるのは、全員が人だった、と過去形で言うべき存在だということだ。
  全員がグール化してる。
  「ボス、妙な水でグール化するんだよな?」
  「らしいぜ。となると」
  えぐいことするぜ。
  自主的に飲ませているというわけか。飲まなきゃ渇いて死ぬ、拘束されてて逃げられない、発狂しつつ皆最後は飲むのだろう。
  そしてドラウグールになる。

  「化け物どもが騒ぎ出した、つまりそこに誰かいるの? いたら手を貸してほしいんだけど」

  女の声だ。
  別の教室から声がした。俺たちはこの教室を出て、声の場所を探す。
  いた。
  鎖に繋がれた女。
  この教室にもグール化した奴らが鎖に繋がれている。とはいえ鎖は短いからな、避けて通れば届かない。五体満足なのは女だけだ。
  「信者、ではなさそうね」
  聞いた声だ。
  金と赤のメッシュの髪の色の女性。しかし見たことはない。
  「あんたか、久し振りだな」
  「誰? ……ああ、軍曹さんね。そっちも思い出した、ピッチ……」
  「ブッチだっ!」
  「レディ・スコルピオンよ」
  「おー」
  会ったことあるぜ。
  ラッド・スコルピオンを解体してた奴だ。あの時は顔を隠してたからな、初めて見るぜ。彼女は他の奴ら同様に拘束されている、ただこの教室の拘束グールとは違い水に手を出していない。
  「何してるんだ、ここでよ?」
  「間抜けな話。綺麗な水を提供するって言うんで入信してみたらここに拘束されたってわけ。これでも神経質なのよ、放射能はノーサンキュー」
  「なるほどな」
  「ところでそのエンクレイブアイボットは何? まさかエンクレイブってオチ?」
  「俺様の弟分の拾い物だ。ED-Eって名前さ。挨拶しろよ」
  「<Beep>」
  「それでブッチ、助けてくれると嬉しいんだけど。助けてくれたらお礼はするわ。お金でも何でも。抱きたいなら好きにしたらいいし。どう?」
  「……あのな、こういう状況で何かを吹っかけることはしねぇよ。助けるに決まってるだろ」
  鎖を9ミリで撃ち抜く。
  「首輪は外せないな、鍵がいるぜ」
  「あんた変わってるね」
  「そうか?」
  「抱くには価値がないって?」
  「そ、そうは言ってないだろっ!」
  「面白い原住民だ。気に入った。しばらくあんたに付き合ってあげる。旅してるんだろ、まあ、何してるかは知らないけどね。用心棒代わりになってあげようじゃないの」
  原住民?
  「ベンジー、どうだ、俺様の人望、このカリスマっ!」
  「さすがだよ、ボス。ところでレディ、ここは一体何なんだ?」
  「見ての通り。グール化する水飲ませて、この説法で……あれ、消えた? まあいいか。説法で洗脳してるのよ」
  ははぁん。
  それでか。
  Mr.クロウリーが言ってたのはそういうことか。洗脳したグールをここの連中は従がえていたのか。銃は使えないのか、使わせてないのかは知らんが、それで統率されてたのか、ドラウグール。
  なるほどな。
  放送はトロイが切ったようだ。
  「悪いけどブッチ、自分の武器探してくる。1人でいい。ここのケリは任せるよ。次回以降に期待して頂戴。体調が本調子じゃないし」
  「分かったぜ。気を付けてな」
  「ええ」
  レディ・スコルピオンは腰を摩りながら立ち上がってその場を後にした。
  決着付けなきゃな。
  「行こうぜ、ベンジー」
  「了解した」
  「<Beep>」




  
  聖なる光修道院。マザー・キュリー三世の私室。
  ここもすでに火は回り始めている。
  決着はまだつかない。
  頭を撃とうが瞬時に回復している。
  殺せない。
  アッシュもモニカもどちらも致命的ではないが傷を負っていた。幸い斧は破壊したもののミュータント並みの体力と腕力を持つシド相手にはこの閉鎖空間は分が悪かった。
  「どうする、モニカ」
  「囮作戦っていうのは?」
  「それ見殺しって言わないか?」
  「かもね」
  「うーがー」
  突っ込んでくるシド。
  アッシュは体当たりで吹っ飛ばされ、モニカは援護のために撃つもののシドはびくともしない。アッシュの首を絞めるシド。次第に生気を失い、顔から生気が抜けつつあったアッシュを突然
  モニカに投げつけた。たまらず床に転がる2人。つまらなそうにシドは2人を見ている。
  「こ、殺すにも値しないってのか、舐めやがって」
  「アッシュ、囮作戦よ」
  「まだそんなこと……っ!」
  「両手を合わせて奴に向けて」
  「光線でも出せってか? いいぜ、裁きの天雷っ! ……冗談だ。はぁ。何となく分かったけど、痛いのは勘弁してほしいぜ」
  「行くわよ」
  「ああ」
  銃声。
  モニカがアッシュの重ねている両手を、シドに向けている両手を躊躇いなく撃ち抜いた。
  マザー・キュリー三世の32口径で。

  ドサ。

  その場にひっくり返るシド。
  瞬時に再生する、それは確かにすごい。しかし弾丸が体内に、しかもダイレクトに脳に留まり続けたら?
  その結果がこれだった。
  32口径を使って、アッシュの手を射抜いたのは威力を低下させるため。貫通した際に勢いは落ち、結果としてシドを貫通せずに体内に留まり続ける。44マグナムでは威力が高過ぎて両手
  がなくなりかねない。だから32口径を使った。そして成功した、シドは動かない。再生しようにも弾丸が脳内に留まり続ける以上、どうようもない。
  「アッシュ、手を出して、応急処置するから」
  「ちっ。最悪だぜ。で、そいつは死んでるのか?」
  「分からない。再生し続けてるのかも。だけど異物が頭の中にあるから動けないんでしょうね。再生しても弾丸は抜けない、このまま厄介払いよ。行きましょう」
  「ああ」





  二階の探索は終了。
  三階に行く。
  教職員の教室や多目的な教室が多い。信者もドラウグールももうさっきから姿を見ていない。
  逃げた後なのか。
  それとももう壊滅寸前なのか。
  聖なる光修道院を取り囲んでいた連中はまだ居残っているのかもしれないが、俺たちよりもワンテンポ遅れてアカハナのパワーアーマー部隊がやってくる手はずだからな。今頃は駆逐した後かも。
  だとしたら壊滅寸前か。
  わざわざ最後に残したわけではないが校長室が残っている。俺たちはその扉の前に来た。
  居残っているとしたらここに誰かいるはず。
  黒幕が中二病でありますようにっ!

  ガチャ。

  俺たちは扉を開けて踏み込む。
  俺たち、俺、ベンジー、ED-E。瞬間的な火力は最強レベルの俺たちだぜ。
  校長室には1つ影があった。
  暗がりに誰かいる。
  そいつは椅子に座らず、壁に背を預けて立っている。
  「ここまでだぜっ!」
  「ここまで、というのもいささかおかしくはある。別に追い込まれてもいないし何も始めていないのだからな」
  男の声。
  マザー・マヤではないのか?
  そして俺はその声を知っている。
  それは……。
  「クロムウェル贖罪神父っ!」
  「騒がないでくれ。聞こえている」
  「死んだはずじゃ……」
  「死体は見たかね? 確認したか? 私が自爆したと? 思い込みで全てを知ったつもりでいたか、それでは意味がないな、そう、私はそれを学んだ」
  「何のつもりだ」
  「何のつもり、別に、何のつもりもないよ」
  「はあ?」
  淡々としている神父。
  死んだと思っていた。だけど生きている、そして黒幕ときたもんだ。
  「降伏しろよ」
  「降伏、ね」
  「てめぇの手下は全部片付いたぜ、無駄な抵抗はしないでほしいぜ」
  「手下? 何を言っている。私に手下も仲間もいない、私は最初から1人だ」
  「どういうことだ」
  「私は別にエンクレイブなどどうでもいいがなかなか興味深い発言があったよ、この間のラジオでね。尊敬を得たければ優れた人間と行動を共にしろ。下らない人間といるぐらいなら孤独
  の方がマシだからだ、なかなかの名言だと思わないかね? 仲間だの手下だの信者だの実に下らない」
  「ネイサンはあんたのせいで死んだんだぞっ! 何とも思わないのかよっ!」
  「あの負け犬が死んだか。だからなんだ?」
  「友達だろうがっ!」
  「友達? やれやれ、餓鬼じゃないんだから」
  銃はあいつを捕捉したままだ。
  いつでも撃てる。
  神父は何もする気がないのだろう、腕組みしてこちらを見ている。武器を持っているようには見えないし持っていても瞬時に撃てる。
  「何するつもりだよ、何したかったんだよ」
  「別に」
  「目的はあんだろ?」
  「目的や動機を考察するのはお利口さんぶった愚者のすることだ。何のことはない、答えは実は簡単なんだよ、最初から何をするつもりでもない」
  「ここまでしておきながらか? ふざけんなっ!」
  「まあ、出来る力があったから、やった、だけだ。それが真理だな。とはいえ意味はない。ないんだよ」
  「結局どっち側なんだ? アトム教でも聖なる光でもないんだろ?」
  「煽った、それだけだ。ノーヴィスを使ってマザー・マヤどもアトム教の絞りカスを操り、マザー・キュリー三世を薬漬けにして操った、水はリベットの欲の皮を突っ張らせた議員に賄賂を使って
  取り寄せ、ジェリコ君から放射能発生装置を買い取って放射能水を作った。あと、微妙な隠し味と洗脳を使ってグールを作って、従えていた」
  「1人じゃ無理だろ、さすがに」
  「信仰なんてまがい物だ。かつては誰もが私を崇めた。私は確信していた、信仰こそが力だと。しかし違った。ご神体が失われたらあっさり信仰は捨てられた。偶像だった。偶像崇拝の対象は
  変えられた、そして私は悟った。神も信仰もクソだとな。それなら容易に操れる実際操れた。金さえあればね可能なんだよ。後はちょっと煽ればいい」
  「ドラウグールは何だ」
  「遊びだよ。出来るからやった、それだけだ。メガトンにけし掛けたのもグール化の水を無料配布に近い形で晒していたのもその為だ。ただ、私には出来た、それだけなんだよ。あとメガトン
  を襲うことによりアトムを崇拝する馬鹿どもを煽っていたのさ。自分たちの信じる世界は間近だとな。それだけのことだ」
  「ジェリコとの関係は?」
  「特にない。向こうから接触してきた。そしてお膳立てしてくれた。それだけだ。彼は言ってた、そして私も同意する。世の中実に詰まらなくなったと思わないか?」
  「知らねぇよそんな思想っ!」
  「で? 何するつもりなんだ?」
  落ち着いてベンジーは問う。銃口は向けられたままだ。
  神父は肩を竦めておどけた。
  「特に理由はないし目的もないと言ったはずだ。やれたからやった、それだけだよ。それにしてもまさか私にここまで出来るとはなっ!」
  「くそがっ!」
  「ふふふ。何も変わらないぞ、私を殺してもな。協奏曲は続く。お前たちが悪と定義する者たちは奏で続ける。そうとも、各々が奏で続けるんだよ」
  神父は座る。
  椅子に。
  「何を悠長に座ってやがる、立てよ、メガトンに連れて行く」
  「そいつは困るな」
  「俺らは困らねぇ」
  「困るだろ。この椅子には起爆装置が仕込んであるのに」
  「何だと?」
  「このフロアは吹き飛ぶ火薬がそこらに仕掛けてある。私が立てばね吹き飛ぶって寸法だ」
  「心中するつもりかよっ!」
  「どうせクソみたいな世界の、クソみたいな人生歩んでるんだろ? 別に吹っ飛んだって問題なかろう? 死ぬのは怖くない、死は身近な隣人だからだっ!」
  「死にたきゃ1人で死ねよっ!」
  「最近の若い者は寛容が足りない。誰だって1人じゃ飛び込む勇気がない、そしてそれを受け止めてほしい。それが世の中の情けって奴じゃないか? おおっと撃つなよ、衝撃で倒れたら結局
  お前らは死ぬんだからな。私の尻が離れた瞬間にドカンだ。まさに尻に火が付いた状態ってやつだな火薬が爆発しそうだっ! はははっ!」

  ドス。

  「……な、何だ、こ……れ……」
  神父はそのまま、背筋を伸ばしたまま座っている。
  胸にダーツを生やしたまま。
  「兄貴っ!」
  「無事で何よりだぜトロイ。それで……レディ・スコルピオン、お前こいつに何したんだ?」
  ダーツガンを手にしたレディ・スコルピオン。
  リュックを背負っている。
  荷物は見つかったようだ。
  「ラッド・スコルピオンの毒は麻痺毒。しばらくそいつは動けないよ。見たまんまさ。硬直してる。さてあたしの暫定ボスさん」
  「暫定ボス、ね」
  「ここにゃ用はないでしょ。行きましょうか」
  「異議なしだ」
  ベンジーはそう頷いた。
  確かに。
  麻痺している間に早々に撤退した方がよさそうだ。トドメ刺している間に体が椅子から離れたら俺たちごとドカンだからな。
  対処法はないに等しい。
  解体している間にドカンも嫌だし。
  レディ・スコルピオンは笑う。
  「死ぬのは怖くない、でしょ? 立ちなさいよ、そして吹き飛べ。後で、1人でね」